先輩秘書からのメッセージ 島崎 豊

お金で買えない価値(priceless)

 39歳の時、当時所属していた営業部門の担当役員から突然呼び出しを受けた。「来月から秘書部に異動だ。今すぐ挨拶してこい」
 何かまずいことでもやらかしてしまったか、秘書部という組織はどこにあって何をするのか、自分が担当して受注したばかりの東欧でのプラント建設案件を放っておけるかといった思いを巡らせながら、丁重にお断りしようと心に決め、秘書部に向かった。ところが、社長秘書からいきなり「現社長が会長に就任するので、その秘書をお願いする」との予期せぬ一撃。すぐに反撃しようとしたところ、そのまま社長室に連れ込まれ本人から「これからよろしく」。思わずこちらもお辞儀をして、あっけなく陥落、秘書部員となった。
 まず困ったのは、とにもかくにも社内について知らないこと。国内外で多岐に亘る総合商社の活動内容について、入社以来の担当分野である海外インフラの事業はまだしも、他は表面的な知識しかない現実に直面、と同時に他部門の社員や役員すらもほとんど知らなかった。一方、仕える新会長は直前まで社長を7年務めた百戦錬磨の営業マン。心に決めたのは、最初の2ヵ月で過去2年分の稟議書をすべて読む、会長から指示を受けて分からないことは絶対に知ったかぶりをせず、分かるまでしつこく聞く、社内でそれぞれの専門分野のプロを見つけ、自分のメンターになってもらう、取引先やお客様の顔と名前は必ず一度で覚える、更に他社の秘書の方々とはいつでも相互に連絡を取り合える関係を築くなど。よくよく考えてみれば、社会人になったばかりの時に教わった基本動作だが、あらためて徹底して行うことにした。
 3年にわたった会長秘書時代の失敗談はこの誌面に書ききれぬほどあり、特に年間100日近くあった海外出張時の珍道中は、今でも思い出すと赤面するほどだ。

そうこうして無事かどうかは分からぬまま務めを終え、待望の営業部に復帰、元の部署の課長となったが、秘書部ビフォー・アフターで明らかに違う自分に、ほどなく気がついた。営業では利益を上げるのが何よりのミッション、そして喜びでもあるが、それだけでなく会社全体において自分が担当している仕事は、いかなる意味・意義を持っているのかという視点を持つようになっていた。  それから時が経ち、また秘書業務に携わることになった。二度目は秘書部長として着任、そこで社長秘書他には「細かい報告は原則不要、何か困ったことや会社に影響を及ぼすことが予見される場合だけ話してくれ」と宣言した。これは会長秘書当時、どこまで上司に報告すればよいのか悩ましかったためで、それならいっそのこと不要としたものだが、結果として必要な情報はすぐに入る一方、報告義務にとらわれずに何でも気兼ねなく話せる環境になったように思う。
 秘書部にいて心がけているのは
・Stay honest.―上司だけでなく、誰に対しても、そして自分にも。
・ありのままの自分で勝負し、分からないと言う勇気を持つ。
・事実の報告は「入射角=反射角」、自らの意見や考えを述べる時は報告と分ける。
・判断軸はただ一つ「会社にとって何が最善か」
今年4月には、合わせて9年目となる秘書部、また兼務している広報部も同じく9年目となる。これからも両方の担当業務を通じ「お金で買えない価値がある」ものを高め、勤務先である丸紅のブランド・プレゼンスの向上に努めていきたい。

〖機関誌「秘書」2016年5月号 掲載〗