先輩秘書からのメッセージ 村山 陽

凡事徹底

 30才のとき、座右の銘を「凡事徹底」に決めました。5年後、東京青年会議所の研修会にご講演いただいた株式会社イエローハット創業者・鍵山秀三郎先生の深いお考えと行動力に接し、確信しました。以来、失敗したとき、うまいやり方が見付からないとき、亀(うさぎとカメ)の自分を肯定したいとき、念仏のように唱えてきました。仕事に対する取り組みとして、生活規範として、とても有効で有り難い「武器」でした。  なのに、他人から「座右の銘は何ですか」と尋ねられたときに何故か胸を張って「凡事徹底です」と言えません。社会人デビューから肉体労働の期間が長く、創業した運行請負会社で日々「どぶ板営業」に汗していた自分に、あまりにもぴったり過ぎて人前で語るのが恥ずかしかったからだと思います。もっと教養深そうでカッコイイ座右の銘を見付けて、「難しい言葉を知っているぞ!」と主張したかったのですが、結局「対外宣伝用」の座右の銘を見付けることができず、今日に至っています。
 日本史上最も尊敬し目標とする人物は、木下藤吉郎-羽柴秀吉です。但し、晩年の太閤秀吉は「別人」になってしまったので対象外です。天下をとった彼の業績も然る事ながら、それまでの生き方や姿勢を手本にしています。百姓出の裸一貫の小柄な猿顔男がバカにされながらもコツコツと努力を重ね、人に認められ押し上げられ、少しずつ難易度・重要度が増した任務を得て、リーダーシップを発揮していきます。「格差社会」に平等なチャンスが無いという声を聞きますが、藤吉郎の時代は今より遥かに厳しい身分制度やハンディキャップがあったはずです。過去の状況や世界の現状と比べれば、今もチャンスが溢れているはずだと思うようにしています。
 トライを重ね織田信長に採用された藤吉郎は下位職種の草履取りでさえ意気に感じ、「日本一の草履取り」を目指しました。

少年期に読んだ絵本にあった彼の活き活きと仕事に打ち込む姿が「凡事徹底の塊」のイメージで私の脳裏に刻み込まれています。誠実さと熱心さと失敗の繰り返しが才能へと昇華していったのではないでしょうか。私の年齢のときには小田原城を落としてほぼ天下統一を果たしています。私は今やっと「足軽組頭」くらいです。
 「凡事徹底」の解釈は、辞書や個々により若干味わいが違います。私は「平凡なことを非凡にやり抜く」と解釈しています。平凡にやっても済む(=多少ラフにやっても大丈夫)ことでも、いちいち全力で立ち向かう道を選びました。理由は、自分が無学・不器用・弱虫だからです。人の1.5倍から3倍くらいの準備・装備・行動をしないと人と同じだけの成果や正確さを得られない。己の力量は己が一番良く知っています。人より多くの時間を掛けるくらいのことで達成できるのであれば、容易いこと、時間を掛けるだけのことです。試行錯誤するうちに、「無・不・弱なりのやり方」が定まってきました。単細胞なので基本的には出来ない理由を探さず「猪突猛進」、ルート的には「急がば回れ」、そして、対人的には「負けるが勝ち」。「要領良く」やろうとは考えず、敢えて労多くする方法を選ぶことに決めています。「効率化」と称して「手抜き」に走る自分を知っているからです。
 この弱者の凡事徹底はかなりマニアックです。今、多くの会社・組織では(目先の)「効率」や「成果」が重視されます。そもそも優秀な当協会会員の皆さんには私の「悠長な下積み方式」は、ほとんどあてはまらないと思います。でも、もし、何かスランプに陥ったときや転換の必要があるときには、そんな方法もあることを思い出してみてください。

〖機関誌「秘書」2015年2.3月号 掲載〗