アジア・パシフィック秘書会議

1974年から隔年で行われている、アジア14カ国が参加する秘書会議です。隔年の会議開催前日には、各協会のプレジデント参加のCouncil of Presidents Meetingも開催されています。

2016年度レポート

第23回のアジア・パシフィック秘書会議は2016年9月25日~28日にフィリピンのマニラにて行われました。日本からは2名の参加にとどまりましたが、次回の開催が予定されているパプア・ニューギニアから47人、インドは66人、マレーシアが50人など14の国と地域から286人が集まりました。参加されたASAコーディネーターの石井はるみ(‘83CBS)さんは、「JSAの活動」を紹介し、バザーでは日本のブースは人気なので大車輪で応対し、最終日のパフォーマンスでは「スキヤキソング」を唄われました。

2014年度の様子

第22回のアジア・パシフィック秘書会議は、2014年9月13日〜17日に、パキスタンのカラチにて行われました。
「Standing High in Challenging Times!」(テーマの日本語訳)をテーマに、熱い議論が交わされました。
Distinguished Secretaries‘ Society of Pakistanによるレポート(英語)(PDF:1.4MB)

アジア・パシフィック秘書会議 ~東京会議~

日本でのアジア・パシフィック秘書会議は、1992年8月に行われました。
アジア・パシフィック秘書会議を東京で開催するにあったては、いくつかの問題点がありました。一つには、ホテル代も含むすべての参加費用を$600前後におさえ、そのための不足を主催国が助成する仕組みが、物価が高い国といわれる日本でどうしたら可能になるかということ。二つ目は1週間の会議期間中すべてのプログラムを英語でこなす能力が私たちにあるかということ。そして最後に、どれだけの国内の秘書の関心および参加を可能にできるか、ということでした。 開催準備のために2年ほどまえから結成された組織委員会を中心に、関係者各位から様々なご支援を受けながら、会議を成功裡に開催するためのありとあらゆる可能性を探りました。約6,000万円余の基金を実現し、1週間の会議を立派に英語でこなし、海外273名、国内をふくめ500人の参加者による会議が実現いたしました。これを成功させたことは日本秘書協会の誇りであり、その翌年からの全国秘書会議開催の基礎となりました。

アジア・パシフィック秘書協会とは

1973年にアジアでは秘書分野の開拓者的存在であったフィリピン秘書協会は、アジア全土に亘っての秘書協会活動ができないものかと実態調査を行い、1974年2月に第1回のアジア秘書会議をフィリピン・マニラ市にて開催しました。その時に、秘書協会創立の立案がなされ参加数カ国により批准されアジア秘書協会(Association of Secretaries in Asia)が誕生しました。会議開催は会員の登録順に隔年に行われることが決定し、現在21回の開催を数えております。
創立を提案し、第1回会議をフィリピンで開催したフィリピン秘書協会のプレジデントであったVirginia ElbiniasがFounding Presidentとして、第1回より第21回までの全会議に参加をしております。
2000年度開催されたスリランカ会議で、アジアの解釈にAsia-Pacificを加え、ニュージーランド、パプアニューギニアなどが協会に参加しました。それを機に、アジア秘書協会の名称もアジア・パシフィック秘書協会と改められました。2002年度開催のブルネイ大会から「アジア・パシフィック秘書会議」の呼称が使用されています。
残念なことに2006年、オーストラリア及びニュージーランド、2012年に香港が夫々の協会の事情で退会することになり、現在会員協会は14です。
隔年の会議開催前日には、各協会のプレジデント参加のCP Meeting(Council of Presidents Meeting)が開催されています。